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「クーパー」
十二指腸水平部前面の後腹膜を剥離する。
実にクーパー捌きがうまい。
迷いが無く、ひとかきが大きい。
が、繊細(ファイン)でもあり、剥離層を決して誤らない。
もちろん、浅野医師が両手でかけるカウンタートラクションが適切なのもあるんだろうが。
十二指腸前面を横断する上腸間膜動静脈が出るところまで剥離する。
「松沢先生、見てご覧。
これがSMA(上腸間膜動脈)で、こっちがSMV(上腸間膜静脈)よ」
解剖実習でこんなの見たっけな?
松沢は医学生時代の記憶の糸を探る。
分からない。今度解剖や病理の教科書を片手に、病理医兼分子生物学者の夫に聞いてみようと思った。
なんだか、毒島先生に軽蔑されたくないと思ったからである。
浅野医師が松沢に聞く。
「もしこれに膵臓癌(パンケー)が浸潤したらどうなる」
「インオペ(手術不能)です」
「正解だよ。血栓が詰まると?」
「えーと。腸が壊死し激しい腹痛を起こすんでしたっけ?」
「三角だな。老人なんかで激しくない時もあるんだ」
「そうなんですか。浅野先生、博識ですね」
「バカ、勉強しろ、勉強を」
「はい」
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