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「手術のときは解剖をよく知り、そのオルガン(器官)や組織(ティッシュ)の機能や構造を知ることが確かに重要よ。
手術のときに、オリエンテーションを確かめない外科医は基本的に手術がへたくそよ」
「毒島先生、すいません。猛省し、勉強します」
「誰でも初めはそうよ。医学生のときに習った解剖学と、外科での解剖はまるで違うもの。手術を見たり、執刀しりして学ぶものよ。
明日の痔核切除に備えて、オペビデオで勉強しておいてね」
「はい」
「後、縫合や糸結びも」
「わかってます。たこ(胼胝)作るまでがんばります」
「胼胝作ったら手洗いできないじゃない」
「すいません、体育会系なんで」
その時、手術室のスピーカーから桑田の高く澄んだ声が聞こえた。
「ゲフリール(迅速病理診断)の結果、検体の水平断端、垂直断端共に陰性。
また、断端から腫瘍細胞陽性部位までの距離は10㎝です。
腫瘍細胞は検体中央部に局在。
腫瘍細胞は細胞形態から大腸(コロン)高分化型(ハイモダリティー)腺がん(アデノカルチノーマ)由来と診断します。
以下診断医桑田杏香」
がん細胞は切り離した端にはなく、切り取れたと考えられる。ならばがんに触れないは気にしないでいいわけで、大網を掴んでもいい。
今までの話をして手術操作をしなかったのは、迅速病理診断を待っていたのだ。
「じゃ、ゲフの結果出たし、やりましょう。吉田センセ、麻酔の具合は?」
「KT(体温)36℃でもう少しで低体温になっちまう。さっきから加温のアミノ酸輸液やらなんやらしてるが、腹ん中を腹腔内洗浄か腹腔内温熱化学灌流療法であっためてくれ」
低体温で手術すると、免疫能は落ち、出血は凝固しにくくなり、全身麻酔はさめにくくなる。
だから麻酔科医・救急医は低体温を嫌い、低体温にならぬよう麻酔管理する。
ちなみに低体温は脳には保護的に働く。
もともと大網に転移巣があり、漿膜面に侵潤していたので、腹腔内に細胞レベルの転移があっておかしくないので(腹腔内洗浄細胞診が正常だから可能性はほとんどないが)、転移予防だけでなく再発予防も兼ねて腹腔内温熱化学灌流療法を行う予定だったのである。
「OK。腹腔内温熱化学灌流療法は閉腹前に行う予定だったので、今回は腹腔内洗浄で行きます。温生食1リットル」
ぬるい生食水を腹腔に注ぎ入れ、かき混ぜる。
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