リップスティック・レズビアン

出会い

群帝大学医学部付属病院第一外科医局。
女性医師が集まりやすい乳腺外科（第二外科）や形成外科、皮膚科、麻酔科と違って、消化器外科を診療領域とする第一外科には女性医師は少ない。

白衣の下に、薄いブルーの手術着を着た色黒な肌で小柄、長い髪を結った中年の女。
数少ない第一外科の女性医師毒島(ぶすじま)修子(しゅうこ)は今日から第一外科で研修を始める一年目研修医を待っていた。

自分が指導医になるのは、松沢(まつざわ)香(かおり)。
どうせなら、かわいい娘ならいいなと思う。
なぜなら私は化粧する女性同性愛者(リップスティク・レズビアン)なのだから。

この事は医学生時代の同窓生である腫瘍内科（第四内科）の岸田(きしだ)美恵(みえ)、内分泌内代謝内科（第一内科）の津田(つだ)秀(しゅう)しか知らない。

松沢が来た。
「毒島先生ですか？」
長いまつ毛、大きいクリっとした瞳、通った鼻筋、官能的な厚い唇。
丸顔でかわいらしい顔。栗色のボブヘアーの髪。
その外見は小動物的で何ともかわいい。
声も高く、アンニュイで魅力的。
食べてしまいたい、抱きたいと毒島は思った。

「は、はい」
「三ヶ月間よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね」「先生のご専門は？」
「消化器の中でも特に肝胆膵外科です。
一応、消化器外科なら一通り出来るつもりよ」
「先生の噂すごいですよ。ＰＤ（膵頭十二指腸切除術）を四時間で切る天才外科医って」
PDは気難しく体の深部（後腹膜）に鎮座する膵臓の頭部を切除し十二指腸・胃・胆嚢・胆管・リンパ節も合併切除し（場合によっては門脈など血管も切除する）、空腸に吻合（縫合し、つなぐ）する手術で、消化器外科の中では最も難しい手術の部類に入る。
通常は5時間から8時間かかる手術である。