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横行結腸を浅野が右手で把持し、間膜を広げた。
「メッツェン、鑷子」
器械出しからメッツェンバウム剪刀と鑷子が、毒島に手渡される。
鑷子を左手に、メッツェンを右手に持つ。
その漿膜を毒島のメッツェンが切り開いていく。
左手の、鑷子が切開部に軽くテンション(引っ張り)をかける。
回結腸動脈の左縁を上に行くように切り開き、上腸間膜動脈本幹に達したところで、中直腸動脈の右縁に沿って切開していく。
横行結腸までたどり着いた。
「クーパー」
左手を腸にあてがい、クーパーで右結腸動脈の結合織を削ぐ。
芋虫状のリンパ節が露になる。
No.213リンパ節である。
がんの外科手術では、必ずといっていいほど、リンパ節郭清(リンパ節を切除すること)を行う。
何故なら、よほど早期でない限り、リンパ節にがん細胞の転移があり、肉眼や画像診断(エコー、CT、MRI、PETなど)で捉えられない顕微鏡的転移でも、患者の命を奪うからである。
顕微鏡的転移は文字通り、外科医が切除して、切除検体を病理医が顕微鏡で診てがん細胞があれば陽性、なければ陰性と言う診断方法しかない。
早期がんならいや、進行癌の一部でも原発巣を切除し、リンパ節郭清をきちんとすれば助かる症例はたくさんある。
その最たる物は今毒島が執刀している大腸がんに対するオペである。
この症例は肉眼的にもリンパ節が腫れていて、転移(メタ)を疑う。
血管が二本露出された。
右結腸動脈、静脈である。
「メタありそうね。3-0バイクリル」
バイクリル糸で、右結腸動脈、静脈を外科結びした。
毒島のクーパーが、リンパ節を切除する。
血管を縛っているので、出血は殆ど無い。
「この右結腸動静脈は奇型(アノマリー)で欠損してる人が結構いるんだけどね。
この患者(ペイシェント)はちゃんとあるね」
「そんなに、アノマリーがあるんですか」
「あるのよ」
毒島の言葉には妙な説得力があった。
第一線の外科医の説得力だ。
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