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「早いと思ったか?吻合法はアルベルトランバート吻合だが、縫い方は梶谷式腸管縫合術だ」
浅野が松沢にボソっと言う。
故・梶谷鐶は癌研病院院長で稀代の天才外科医としてまた胃全摘術(トタール)の草分けとして日本の外科を作ったとも言われる。
胃全摘術の術時間は1時間と早業で、また胃がんの広汎リンパ節郭清を提唱したことで、胃がんの大家として有名である。
その梶谷(かじたに)の名が冠しているこの縫合法は文字通り梶谷医師が癌研究会病院外科で行っていた縫合法で、バイト(縫い代)が大きいことが特徴的である。
腸管の縫合が終わった。
吉田が術中腹腔内灌流温熱化学療法(CHPP)の下準備で体温を33℃まで下げるため、全身を冷却マットで冷やし始めた。
更に熱に弱い脳を守るために頭部を氷嚢で冷やす。
静脈麻酔薬プロポフォール220mg/時で麻酔維持していたが、プロポフォールから医療用合成麻薬フェンタニルを110μg/時に麻酔薬を変えた。
更にマスキュラックスを追加する。
「ペアン、クーパー」
毒島のオーダーに呼応して、即座に器械出しがペアンとクーパーを手渡す。
毒島がペアンで糸の端を掴み、クーパーで余計な長い糸を切る。
「腸間膜の修復(リペア)に入ります。CHPPするから、人工心肺の用意を。
3-0バイクリルデタッチ、把針器、鑷子」
切り裂いた腸間膜を吸収糸で縫っていく。軽やかで、歌うような縫合。
「ペアン、クーパー」
ペアンで糸の端を掴み、クーパーで余計な長い糸を切る。
「吉田、CHPPしても平気?」
患者の頭側に立ち、麻酔管理をしている吉田に聞く。
麻酔科医の許可なしに体温が上昇するCHPPを開始することは出来ない。
CHPPは麻酔科医の適切な全身管理あってこそだ。
「肺動脈温33℃に維持出来てる。しても大丈夫だ」
吉田はぼそぼそと話す。
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