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しかし、その話し方とは対照的に全身管理はケチのつけようがない。
「ありがとう。人工心肺準備出来てる?」
術野外にいる臨床工学技士(ME)に聞く。
「大丈夫です」
臨床工学技士は余裕の表情だった。
心臓手術の体外循環に比べればこんなの屁でも無いのだろう。
「じゃ、行きます」
チューブを三本、腹腔内に挿入し、留置する。
人工心肺ポンプで腹腔内をマイトマイシンC(抗がん性抗生物質)、シスプラチン(白金製剤の抗がん剤)、エトポシド(トポイソメラーゼ阻害剤。抗がん剤)を含む48℃の灌流液を灌流させる。
腹腔内温度を43℃になるまで続け、43℃を30分間維持する。
がん細胞は熱に弱い。42℃で死滅する。
開腹した状態で、直接腹腔内を加温し、抗がん剤を流すこの治療は熱で弱ったがんを抗がん剤で止めを刺すと言う極めて明快な治療原理である。
この治療は腹膜播種した症例に行われる事が多い。
見えないがん細胞を叩く再発予防に使う事は少ない。(使われてはいるが、それは漿膜まで浸潤した胃癌症例に対するもの)
腹膜播種症例では90分ほど加温となっているが、全身状態と、そもそも手術だけで治るかもしれない症例の再発予防であることから30分にしている。
大腸がん、膵臓がんのCHPPの再発予防効果とCHPP時に再発予防で適切なレジメン(抗がん剤の組み合わせ)と加温時間は毒島の研究テーマである。
今のところ、レジメンは胃癌のCHPPに準じているが、癌種によって効く抗がん剤が異なるのだから、別のレジメンの方がより有効なのではと考えている。
この臨床研究は旧友で腫瘍内科医(抗がん剤の専門医)の岸田と、麻酔科医吉田との共同研究だ。
灌流が終わり、排液される。
「腹腔内検索します。ガーゼカウントお願いします」
腹腔内に器具やガーゼなどを置き忘れていないか閉腹する前に確かめておくのだ。
しかし、執刀医(ハウプト)が見逃す場合もある。
だから万全を期して、看護師がガーゼをカウントし、手術開始前から数えて足りないかどうかを調べるのだ。
更に閉腹後にレントゲン写真を撮って確かめる。
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