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「閉じます。ホントに松沢先生縫わなくていいの?」
「いえ、大丈夫です。もっと練習しないと」
「4‐0マクソン、持針器、鑷子」
器械出しが呼応して、毒島に糸と針のついた持針器とピンセットを渡す。
筋膜をマクソン(太く体内で吸収される表面がつるつるしている縫合糸)で縫い上げる。
マクソンは体内でマクロファージなどに貪食され、吸収されるので、筋膜など抜糸できないところに使われる。
またマクソン、PDSは吸収糸である上に、編み糸ではなく、表面がつるつるしているモノフィラメントであるから感染源となりにくいので、毒島は好んで使っている。
糸を二回、ひょいひょいと持針器に巻き付けると、鑷子で後端を引っ張って、糸結びを簡単に作る。
「毒島先生、腹膜は縫合(ナート)しなくていいんですか?」
「いいの。腹膜縫うと癒着強くなるだけだから縫わない」
どんどん糸結びをし、筋膜は閉じていく。
その糸結びは軽快な歩調であり、美しくもある。
麻酔科医の吉沢は覚醒させる準備を始めている。
ここまでくればすぐだからだ。
閉腹前の確認作業に入った段階から、ジアゼパムは投与を中止し、体の冷却も中止。
逆に温かいアミノ酸製剤の点滴や、体表からの加温・保温などで復温を始めた。
ジアゼパムはアネキセートで拮抗をした。
ジアゼパムを中止したがその分プロポフォール(白い液状の静脈投与用全身麻酔薬)を用いている。
「一針だけ縫ってみろ。糸を二回持針器に巻き付けて、後端を鑷子で引けばいいんだ。なんてことはない」
浅野が、松沢に言う。
確かに、筋膜が閉じるまで残り一針である。
毒島はゆっくりと頷く。
「毒島先生、持針器と、鑷子を下さい」
毒島がゆっくりとやさしく手渡す。
一回、二回と持針器に巻き付けて、スーッと後端を鑷子で引く。
いびつな糸結び。これではだめだと松沢にもわかった。
「初めてならこんなもんよ」
毒島がきれいに糸を結ぶ。
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