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「そうなんですか。あの皮膚縫合を教えて下さい」
「皮膚縫合を教える前に、糸結びを教えよう。まずは糸結びがすべての基本だから」
5-0ナイロン糸を白衣のポッケから取り出す。
「すごい。やっぱ糸持ってるんですね」
「外科医は糸くらい持ち歩いて、暇な時は糸結びしないとね」
「はい」
「よく見てて、女結びをやるから。皮膚縫合に使うやり方よ」
糸を両手の指先で掴み、同じ結び(半結紮)を二回する。
一瞬で縦に結び目が出来る。
四秒で六つも結び目を作る。
「は、早い」
感嘆とした声を松沢は出す。
「この位出来なきゃ外科医じゃない。
同じ半結びを二回繰り返す、やってみて」
白いナイロン糸を渡す。
松沢は糸を結ぶ。
それは一結びに20秒と毒島よりはるかに遅い。
だが、しっかりと結べている。
「うん、初めてにしては上出来。糸が反転しないように気をつけてね」
嬉しそうに頷き、もう一回女結びを確かめるように松沢はやった。
「センスある。じゃ後二十回練習してくれる」
「はい」
覇気のある返事だ、聞いていて清々しい。
変にかわいぶってなく、自然で少し意気込み過ぎてる感じが一陣の風のように、毒島の心を晴れやかにする。
こういう娘が好きなんだよな私。
毒島は自分のタイプを再認識した。
その間、カルテを何人か見て、どの手術にどのポジションで、松沢を加えるべきか考えていた。
患者なんて、所詮他人。死のうが生きようがどうでもいい。
命なんて所詮脆く、軽い薄っぺらな物だから。
毒島は医学生時代こう、公言して周りは薄情だ、冷酷だと言った。
そうかも知れない、だがそれは私は外科医をしていくうちに更に絶対的な原則(プリンシパル)であり、信条(ポリシー)となった。
人の命を何とも思わないから、無関心だから難しい手術にも怖がらず冷静にトライし、成功させられるのかもしれない。
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