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キョロキョロと首を動かしていた田坂に、老人は改めて聞いた。
「あ……」
ラムネを買いにきたのではないことは、とっくにばれていた。
田坂は咳払いをして背筋を伸ばし、ポケットから名刺を取り出した。
「えっと、実は文房具の会社の営業で……」
そして、申し訳なさそうにその名刺を差し出した。
「なるほど、文房具ねぇ……うちに、ねぇ……」
予想通りの展開だったが、思いのほか田坂は落胆しなかった。
「無理、ですよねぇ……」
「まあな。大体、客なんて滅多に来ない」
老人は田坂に丸椅子に腰掛けるよう勧め、自分もラムネを開けた。
釣られるように田坂も残りを飲み干し、瓶を逆さまにした。
「このビー玉、子どもの頃どうしても取り出したくて、瓶割って母親に叱られたなあ」
「昔は瓶を返せば金がいくらか返ってきてたからな。そりゃ怒るだろうさ」
「金? そうだったんだ。最近のはプラスチックで、飲み口が外せてこれ取り出せるんですよね。なんか……昔のがよかったな」
外の陽に透かすように瓶を掲げて懐かしむ田坂に、老人はポツリと呟いた。
「兄ちゃん、昔に……戻りたいのか?」
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