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「……昔?」
「ああ、瓶のラムネを飲んでた頃に戻ってみたいのか?」
子どもの頃に戻りたいか――急にそう聞かれ、田坂は何も疑わずに考えた。
「うーん……どうだろうな。戻ったところで何も変わらなさそうだし、俺。それに瓶のラムネや昔のお菓子や玩具――ここに来ればあるって分かったから、今さら戻りたくもないかな」
そして、もう一回勉強なんてしたくないし――と付け加えた。
「なるほど、一理ある」
頷きながら、老人は初めて笑顔を見せた。
「ご主人は? 昔に戻りたいと思いますか?」
営業で来たはずなのに、全く関係の無い話ばかりしている。しかし何故か居心地がよく、田坂の腰はなかなか上がらなかった。
「儂か? そう……さなあ……」
遠くを見つめて何かを考えている老人の顔が、僅かに歪んだ。
田坂はそれに気付かず
「何年前に戻りたいですか?」
と、引き続き聞いた。
老人はすぐには答えず、ラムネをゆっくりと飲んだ。
それがとても美味しそうに見えた田坂は、二本目のラムネをケースから取り出し
「後で三本分払いますから」
と言い、今度はこぼさずに開けた。
炭酸の効いた、冷たい甘さが喉を通り抜ける。
くぼみに上手くビー玉を乗せて飲むのが、子どもの頃には難しかった。
「何年前……だったかな」
一息ついて老人が口を開く。
その過去形を聞き、田坂は疑問を投げかける。
「何年か前に……何かあったんですか?」
「……ああ、実はこの駄菓子屋――」
老人が何かを言いかけて、ハッと言葉を飲んだ。
田坂はその様子を不審に思い、老人の顔をまじまじと見つめた。その視線は、田坂の後ろに注がれている。
何事かと、田坂が振り向くと――そこには、小さな男の子が立っていた。
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