カンパリソーダ

1/2
前へ
/28ページ
次へ

カンパリソーダ

あの夜も確かこんな雨だった気がする。 硝子一枚むこうの街(けしき)が グラスの中で赤く燃えていた。 その夜の辺りに 小さく光りゆらめく泡が 音をたてて浮かんで消えた。 その赤い酒(リキュール)が食前酒だという事を 最近まで僕は知らなかった。 おかわりをして 結局 何杯も呑んだ気がする。 炭酸で割ると カンパリソーダという。案外おいしい。 指と指のあいだに赤い夜をつまんだ。 「今夜のふたりのために乾杯」 と言うと 彼女は悪戯っぽく目を細めて 「ちがうでしょ」 と呟いた。 「わかった。それじゃ君と僕と これからのふたりの幸せのためにだ。なんか舌を噛んでしまいそうだな」 と笑うと つられて彼女も小さく肩で笑った。 「ねえ 君の彼氏は 君を口説くとき どんな顔をしたの」 僕が尋ねると 少し考えてから 彼女は僕の顔を見ずに言った。 「あなたは少し強引なとこがあるわ」 そして振り返り すぐにまたもとの微笑みにかえった。 「そう そしてそれは 君の笑顔が素敵なのと同じくらいに気分の良いものさのさ」 僕の返事に 今度は肩を大きく揺らして 彼女は笑った。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加