1 彼の名は山田宗四郎

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「ならば玄関から出ればいいだろう」 「ふ~んふふ~んふ~ん♪」  その言葉を綺麗に無視して調子っぱずれの鼻歌を口ずさむ。黒猫はあまりの出鱈目さに耳を塞ぎたくなったが、この至近距離ではどうにもならないだろう、と諦めて溜め息を一つ。ここまで出鱈目に歌えるのも、いっそ清々しささえ感じてしまうだろう。  気持ちの良いよく晴れた昼下り、山田宗四郎、よれよれの和着にもんぺを羽織り、草履をつっかけ街へ行く。 「あ、たまちゃん見て見て!美味しそうな秋刀魚!」 「う、うむ」  大きな通りの脇にずらりと並ぶ市をきょろきょろと見ながら、宗四郎が一件の魚屋を指差すと、人間の言葉を喋れても、やはりそこは猫、脂の乗った秋刀魚に釘付けになる。が、宗四郎は黒猫に秋刀魚を見せるだけ見せて、あっさりと素通りしてしまう。 「か、買わんのか?」 「買うなら帰りでしょ。まぁその前に買えるお金が無いけどねぇ」  無情な宗四郎の言葉に子猫は「お、俺の秋刀魚…」と、名残惜しそうに魚屋を見つめた。そんな事はお構い無しに先へ進んで行く
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