静かな午後

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        「私はね、」    ぽつり、囁く声。  それは良く晴れた五月の中旬、さかなの形をした雲だけが、透き通るように青い空を泳いでいた季節。刈り立ての芝生が花と共に香り、初夏の衝動が薄らと周囲に木霊していた牡牛の月。 視界は白と緑、それから少しの黄や赤という刺激色、そして空の濃い青で成形され、実に鮮やか、尚且つ不鮮明でくどい。一見すれば眩暈を起こすような、そんな錯覚があった。  其処は庭園だった。白い高柵に囲まれた其処には多種多様な花が咲き乱れ、硝子色の妖精が飛び回る、そんなただ広いだけの普通の庭園。 その中央には垂直に煉瓦が敷き詰められた道があり、それは細く四方へ枝分かれして庭園中を歩いて散策出来るよう導きの如く伸びている。 左手に小振りではあるが、天使の彫像が三対彫られた装飾の凝った噴水が鎮座し、そのすぐ脇に小さな小さなテラスがある。葡萄の蔦が天井を覆い、金の支柱に絡み付いたそれには、妖精たちが集いこぞってその蔦を解いたり編んだりして遊んでいた。  「え?」聞き返したのは沈んだ赤色のジャケットの、一人の青年だった。太陽に愛された浅黒い肌が蔦の隙間から差し込む幾筋かの光のラインに照らされて、明るいオレンジに変色する。その橙色の斑は風が吹くと緩やかに流れ、彼の重い前髪に隠された瞳を照らす事があった。その度に青年は少し顔を顰め、俯くのだ。満月を秘めた自身の瞳が、彼は嫌いだった。 「今、なんて」持ち上げていたカップをソーサーに落ちつけ、青年は再度訊いた。背格好の大きな彼にとって、小さなティーカップは持ち辛いのだろう。何度か指をかけて持ってみたが、最終的にはカップの縁を持ってミントのきつい紅茶を啜っていた。    
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