静かな午後

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    「私はね、と云ったのです」青年の目の前から、弦楽器の高い音のような声が零れる。それを発しているのは、華奢な、細い指先を持った喪服の少年だった。目線は手元のハーブの欠片たちに落としたまま、少年は続けた。 「私が貴方を愛したのは、何故でしょう?」 外皮の張った白葡萄のような顔の右半分に、白を基調とした蠍のモチーフが描かれた仮面を貼り付けている少年は、ハーブの葉を茎から毟りながら、そんな事を口にした。己の指先を追いかけているだけの瞳は黒く映れど、それは深海のように光が差し込むと青く揺らぐ。 千切ったハーブと、ミントティーの香りが交差して、不思議な香りが漂う。その空間に聞こえる音は、木々がさわめく音と、小鳥と妖精の囀り、少年がハーブを毟るくちくちという音、それからお互いの僅かな呼吸音だけだ。青年は答えに窮した。 「何故ですか?」何故なんですか、繰り返して疑問を返すと、少年は視線だけ青年へ向けた。「今、質問をしたのは私です」ハーブの葉を五角形の籠に移し、蓋をして残った茎をテーブルの下へ落とす。すると蔦を弄んでいた妖精の何匹かがそれに飛びつき、束を抱きかかえて噴水へと飛んでいった。      
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