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いそいそとスプーンを突っ込んだ時、隣に座ってきた者が居た。行きつけの喫茶店「アカシア」のカウンター席である。ここの絶品オムライス目当ての客がごった返す休日の昼であれば、僕もさして気にしなかっただろう。
しかし今日は平日で、学生という身分を濫用し、三時のおやつに「マスターいちおし・フルーツ山盛りお姫様パフェ」なぞ食っている僕以外に客はいない。カウンター席もテーブル席もガラ空きである。
どうしてわざわざ僕の隣に、とスプーンを咥えて横を見ると同時に「あっ」と声を上げてしまい、各種パフェを食う為だけに生まれてきたのだろう細長いスプーンがテーブルにカランと落ちた。
「お久し振り」
そこに座っているのは、紛れもなく金魚姫であった。
「落ちたわ」
金魚姫はスプーンを拾い、僕のお姫様パフェに突き刺した。今日は浴衣ではないが、白いワンピースの胸元に、やはり金魚が一匹舞っている。
その金魚に既視感を覚え、しばし見つめた後、僕はまた「あっ」と口を開けた。
白に赤い模様。つぶらな黒い目。可憐に尾鰭を広げるそれは、あの愛しの金魚だったのだ。
「そ、それ」
ショックで吃る僕をよそに、金魚姫はゆったり笑って頬杖を付いた。
「あの後ね、やっぱりこの子が欲しくって。引き返して掬ってきたの」
何と言う事か。
僕がからかわれ、情けない思いをしながらも求めて、結局手に入らなかった金魚を、彼女はいとも簡単に籠絡した。しかも見せつけるようにワンピースの胸元などに泳がせて、涼しい顔して着用している。
「酷い」
思ったままを口に出すと、何が酷いもんですかと言い返された。
「そんなに欲しかったなら、何度でも挑戦すれば良かっただけよ。できたはずの努力をしない人に非難される筋合いは無いわ」
こういう手合いに限って、こちらの胸に刺さる正論を吐くから始末が悪い。
ぐうの音も出ない僕を尻目に、彼女は勝手にお姫様パフェのチェリーをつまんで、ひらりと口に入れた。
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