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正直な所、僕はそれほど金魚が好きなわけではなかった。居れば可愛いと思うが、居なければ居ないで、わざわざ求めようとも思わない。
ところがあのお祭り以来、僕の金魚に対する目は変わった。全ての金魚を愛しく思うわけではないが、あのお爺さんが商っていた、位の高い花魁の如き優美可憐な金魚達だけ、どうしても忘れる事ができなかった。
あの翌日にはお祭りが終わり、お爺さんもいなかった。何故連絡先を聞かなかったのかと酷く悔いた僕は、それから時折金魚の夢を見た。
数えられない程の美しい金魚達が、僕の周囲をゆらゆら泳ぐ。その中にあの金魚を見つけて手を伸ばす。絶対に届いているはずなのに、金魚は僕をおちょくるように手のひらをすり抜けて、何度やっても掴めない。
そんな夢だ。
◆
「そんなに欲しいのなら、あげましょうか」
チェリーの種を吐き出して、金魚姫が言った。どういう風の吹き回しか。
思わず「是非下さい」と言いかけて、慌てて言葉を引っ込める。
さんざからかわれ、欲しかったものを取られた上に譲って貰ったりなどしたら、僕のプライドがズタズタだ。内心喉から手が五、六本出る程欲しいのだが、そこはグッとこらえ、生クリームを頬張って喉の奥に押し返した。
「結構です!」
「あら」
金魚姫は意外そうな顔をした。どんな顔をしても、無駄に美人だ。そういう所も腹が立つ。
「さすがに、そこまで脆いプライドじゃないか。男の子だものね」
今度は勝手に林檎をつまむ。僕のお姫様パフェなのに。
「自分でパフェ頼んでくれよ」
「けちな男はもてないわよ」
余計なお世話だ。第一僕は、僕が食う為にお姫様パフェを頼んだのだ。だからこれは、全て僕のお姫様パフェなのだ。けちもへったくれも無い。
雛鳥を守る親鳥の如くお姫様パフェを抱え込んだ僕に、金魚姫は口を尖らせた。そしてマスターを呼び、「これと同じのを」と僕のお姫様パフェを指差した。
「ところで、さっきの話だけど」
さっきの話とは何だ、と思っていると、金魚姫は胸元を指差した。
「本当に、あげましょうか」
今度は、抑えがきかなかった。
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