チョコケーキ

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「駅前の喫茶店のチョコケーキが食べたいな」 この紅茶に合いそうじゃないって言えば光兄さんは綺麗に微笑んだ。 「うん。僕も同じことを思ってた」 僕達やっぱり気が合うね、なんて笑う兄さんは何もかも綺麗で、兄さんが人形やつくりものじゃないのかと本気で疑ってしまう。 「兄さんって全部が綺麗だよね」 ボソッと呟く。それだけでも二人だけのこの部屋にはよく響く。 「そうかな。僕は朔の方が綺麗だと思うよ」 そう言って兄さんは私の髪に触れる。 「この茶色の髪も、白い肌も、硝子玉みたいな瞳も全部全部、朔の方が綺麗」 こんなことを言って、やっぱり綺麗に微笑む兄さんを見たら、鼻血を出して倒れてしまう人がでそうだな。兄さんの長い睫を見ながらぼんやり思った。 「やっぱり兄さんの方が綺麗だよ」 その髪も、肌も、目も一緒のはずなのに私のはどうしても一緒だなんて思えない。 これは、気持ちと環境の違い。 だって兄さんは私と違って皆に愛されてきた。 そんなこと、わかっている。なのに思うたびに苦しくなる。嫉妬とか、劣等感なんかじゃないこの気持ちは、私ごと消えてしまえば良いのに。   不意に私を包むぬくもり。甘い香り。 「朔、泣かないで」 この香りは大好きな光兄さんのものだ。 「泣いてなんか、いないよ」 確かに気持ちは沈んでいた。だけど泣いてはいない。視界だってはっきりしている。 「でも朔が泣いてる気がした」 そう言って私を抱く力を少し強くしたけど、やっぱり光兄さんは壊れそうな物を抱くみたいに優しく抱いている。 「なんでそんなことが言えるの」 私が顔を上げたら、ちょうど光兄さんが私の方を向いた。 そしてとても優しく、綺麗に笑った。   「朔のお兄ちゃんだし、朔が大好きだから」   この人はなんでこんなに全てが綺麗なんだろう。 見た目も心も全て、私が息が出来なくなってしまいそうなほど綺麗だ。だから依存してしまいそうで、汚してしまいそうで、嫌われそうで、とても怖くなる。   「ねえ、朔。散歩行こうか」 私が沈んでいると必ず言う、お決まりのお誘い。 「うん、行く」 そう言ったらと嬉しそうに笑う光兄さん。 その顔が少し子供みたいで、なんだか沈んでいた私が少し馬鹿らしくなって、思わず笑った。   そうだ、帰りには駅前の喫茶店でチョコケーキを買って行こう。 私がそう思ったら光兄さんが同じ事を言ったので、私は笑った。
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