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綺麗な音色のオルゴールをお婆さんの一人がくれたのは、フィオが一歳になる日の事だった。
「この音色が好きみたいでね。聞かせるとどんなにぐずっていてもすぐに寝つくから、やってごらん」
大きな木箱の、かなり高価そうなオルゴール。聞けば彼女の亡くなった夫が婚約した日に贈った思い出の品だという。
「そんな、頂けません!」
「いやいや、あんた達に貰って欲しいのさ。このオルゴールは私の夫と、子供達と、孫の間でずっと歌い続けていたからさ。家族の傍に有ってほしいんだ。私の家族は皆船に乗って行ってしまった。だから、変わりに貰ってやっておくれ」
頼むよ、と懇願されて。その優しい音色のオルゴールはリズと僕とフィオの物になった。
フィオの夜泣きの酷い夜、。彼女が眠る揺りかごをやさしく押しながら、オルゴールの蓋を開ける、螺子を回す、部品が回転する。三拍子の静かなワルツが流れ出す。
そうすると本当にフィオはぴたりと泣き止み、すやすやと天使のような寝顔を見せる。
僕とリズは揺りかごを覗き込み、お互いの顔を見合わせ幸福に満ち溢れている笑みを交わす。
こんな日々が永遠に続けば良いと思う。終わりなど来るはずの無いという妙な確信が芽生えそうなほど、完璧な夜が何度も有った。
「ねぇキノ。ワルツを聞いてると思い出さない?」
「何を?」
「ほら、高校の卒業パーティー。貴方、本当にダンスが下手で」
「……君の足を何度も踏んじゃったっけ?」
「そうそう。それでダンスホールの真ん中で喧嘩になっちゃって」
「君が不貞腐れて帰ろうとしたから、慌てて追いかけて引きとめて。あったなぁ、そんな事も」
リズは僕の手を握るといたずらっぽい表情でこちらを見上げた。
「ねぇキノ、踊ってみようか。昔みたいに」
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