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ふらつく彼女の肩を支えるように、家路を行く。
そよ風に吹かれても倒れそうだった彼女の覚束無い足取りは、だが一歩ずつ進む度にしっかりと自分を取り戻していくように大地を踏みしめ始めた。
「………リズ」
僕が何か言う前に、彼女は僕の瞳を見つめ宣言した。顔色は蒼白のままだったが、それでもきっぱりと。
「ねぇキノ。私、産むわ!」
何を言っても無駄なのは、既に解ってはいた。彼女は凄く頑固なところがあるから。
道端で大喧嘩を始めてしまうのは嫌だった。家に戻り、玄関の扉を閉め鍵をかける。
カチリ、という小さな施錠音がゴングになった。
「産んだとして、その子は移民船には乗れないんだぞリズ?」
宥めるように諭すように、彼女に声をかける。コートを脱ぎながら、あっけらかんとリズは言った。
「ええ、乗せなければ良いの。だからも私も乗らない。キノ、私は地球に残る」
「本気かい!?残ったとしても、電気もガスもまともに供給されない世界になるんだぞ?それでも君は残るって?」
思わず大きな声を上げてしまう。
移民船に乗らない。
その選択肢は資源が文明の利器が消失し、崩壊していく世界でひっそりと不自由に生きていくという事だ。医療、食料、流通、情報、ありとらゆる生活に必要な便利な物が、無くなってしまう。
「そんなの知ってるわよ!でもじゃあどうしろって!?」
リズは僕に負けず劣らずの怒声を張り上げた。
「居るのよ、此処に。私と貴方の子供が。欠陥品だから、どうせ死ぬから、さっさと処分して自分だけ生き残りなさいって!?」
「……僕は、そこまでは」
「言っていない?でも突き詰めればそうなるじゃない。それとも産まれた子供を放ったらかしにして船に乗れ?」
一気にまくし立て、僕が黙るとリズは口端をきゅっと結んで下を向いた。
「いいのよ、キノ。私の勝手なんだから、貴方まで付き合わせるつもりは無いの」
「そんないじけたような言い方は狡い」
「いじけてなんかいないわ。狡いも何も、私は貴方の好きにしろって言ってるだけじゃない!」
「……君を置いて、子供まで置いて、僕が一人だけ遠い星に行ける訳無いだろう」
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