104人が本棚に入れています
本棚に追加
「何をボサっとしてるんだい? 早く美味しい麻婆豆腐(マーボーどうふ)を作って、とっとと帰りたまえよ鬱陶しい」
「あの、一つお訊ねしても宜しいでしょうか?」
おずおずと手を上げる。
そんな半泣きの俺を、紅華は、キーボードを打ちながらちらりと一瞥し。
そこで、何かに思い至ったらしく、可愛らしい動作でポンと手を叩いた。
「ああ…気が利くじゃないか。 そうだね。 今日は少し、辛さ控え目の麻婆を所望しようかな。 一味と豆板醤は少量で構わないよ」
違ぇよクソガキ。
「そうじゃなくてさ」
「うん?」
自分の好物を食べられるのが余程楽しみなのか。
上機嫌そうに椅子を揺らしながら、小首を傾げる紅華。
その仕草は、クリスマスプレゼントを待ちわびる子どもそのもので、なんとも微笑ましく、愛くるしい限りなのだが。
「いや…もう帰りのバスが無いんで、此処に泊めて頂けたら非常に嬉しいのですけど」
僅かな期待を込めて、頼んでみる。
が、そんな俺の控え目な申し出に、黒髪の少女は極上のスマイルで、にこやかに、
「年頃の女の子、それもこんな美少女の家に寝泊まるつもりかい? あはは、今すぐこの場で焼かれ死にたいのかな、キミは?」
壁に突き立っていたナイフが、高熱によってドロドロに溶解し始めるのと同時。
俺は赤い浴衣の悪魔から視線を逸らし、事務所のキッチンへ駆け込むのだった。
最初のコメントを投稿しよう!