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「――――!!! ぁ、が、…!?」
全身が、びくんと跳ねる。
出鱈目な形の刃が、頬の裏側や歯茎に引っかかり、深く食い込む。
痛い、なんてもんじゃない。
無理に例えるなら、神経を直に、灼熱の炎で炙られているような、そんな感覚に陥る。
鬼頭は、握る“刃ブラシ”へ更に力を込めると、まるで歯磨きをするように、ごしごしと磨き始めた。
「…………!!……………………!!…………………………………!!!!……………………!!!」
悲鳴を上げることすら許されなかった。
凄まじい力で“磨かれていく”口内。
忽ちのうちに、口の中が血の味でいっぱいになる。
喉の奥から迸る筈だった悲鳴は、血と唾液の嚥下によって、体の奥へと押し戻されていく。
舌先に触れる、固く細かい何かは、削られた俺の奥歯だろう。
刃ブラシが前後左右に動く度、上顎や舌下の肉が抉られていく。
分泌されるモノが唾液なのか血液なのか、今や判別は不可能だった。
「……!!……………、…………………………!!!」
唐突に、上の前歯の辺りに感じる喪失感。
傷だらけの舌で触れてみようと試みたが、何もない。
どうやら、前歯が歯茎ごと削り落とされたらしい。
「お兄さん、ベロ動かさないでよ。 磨き辛いんだから」
誤って舌を噛んだ時にも似た、痛み。
機嫌を損ねた鬼頭に、俺の舌は削り取られたようだった。
……もはや、口の中がどうなっているのか判らない。
口内を好き放題荒らし回る激痛の嵐に、俺の意識は既に朦朧としていた。
徐々に、その痛みすらも麻痺し始める。
元々薄暗かった視界が、更に明度を落としていく。
氷雨や他の犠牲者も、こんな苦しみの中で、死んでいったのだろうか。
だとしたら、本当に気の毒だったろうな。
他人事のように、心中で呟く。
そう。
結局俺は、最期の瞬間まで、死にたくないという願望すら抱くことはなかった。
自身の命が消え逝く様。
それすらもまるで、全く赤の他人の死を、ニュースで知った時のような感覚で。
薄れていく思考。
鬼頭の狂った笑い声を聞きながら。
俺の意識は、そこで途切れた。
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