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目を閉じたお兄さんは、陸に上がった魚みたいに、体中をびくびくさせていた。
それもやがて、動かなくなる。
いつもと同じ。
歯磨きをした人は、最後にはみんなこうなる。
「終わったよ? お兄さんの歯は全部なくなったから、もう、歯を磨きしなさいって、怒られる事もないんだよ? ふひ、ふひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!」
ぼくはすごい!
こうやって、色んな人の力になれるんだ!
もう、お母さんに怒られることもない!!
外を歩いても、子どもたちに石を投げられることもない!!
愉快でたまらなかった。
歌でも歌いたくなる。
ぼくは鼻歌を口ずさみながら、お兄さんの口に突っ込んだ歯ブラシを引き抜いた。
ごぽっ、
「…………………え、」
一瞬、何かの見間違いかと思った。
目をこする。
けど、見える。 見間違いじゃない。
血で汚れたお兄さんの口から、真っ白な靄が立ち上っていた。
ドライアイスみたいな、薄い気体。
もやもやしたソレは、部屋の中をぐるぐる回ると、一つの場所へ集まった。
靄が、人間のカタチをとる。
みるみるうちに、輪郭がはっきりしていく。
手足、胴体、頭髪。
眼球、鼻筋、頬、顎。
やがて、集まった白い靄は、一人の綺麗な女の子へと、姿を変えていた。
小学四~五年生くらいの、小さなコ。
真っ白な長い髪に、真っ白な肌、真っ白なドレスと、真っ白な靴。
瞳だけが、蒼い。
ぼんやりと薄い光を纏っている。
今にも消えてしまいそうな、そんな現実感のない存在。
絵本で読んだ妖精さんみたいだった。
だけどその顔には、氷のように冷たい表情が浮かんでいる。
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