2004.12.02 口腔清掃

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うそ……だよね? 恐る恐る、舌を動かして確認する。 あれから、毎日毎日磨いてきたぼくの歯は、一本残らず抜け落ちていた。 ごしごし。 ごしごし。 ごしごし。 止まらない歯磨き。 口の中の感覚は、とっくの昔に消え失せている。 いつの間にか体中の力が抜けて、ぼくは畳に崩れ落ちた。 ごぽり、とまた血を吐く。 がりがり削れていく歯茎の音を聞きながら、真っ白な女の子を見上げる。 女の子は、冷めた目でぼくを見下ろしながら、赤みのない唇を僅かに開き、 『貴方はもう 未来永劫 歯を磨く事は叶わない』 感情のこもらない声で、告げた。 言われて、気が付く。 ぼくの歯は、全部抜けてしまった。 それはつまり、もう二度と、歯磨きができないということ。 待ってよ。 それじゃあ、食べ物を食べた後はどうするの? お母さんに磨けって言われても、歯がないならどうやってもムリだよ? でも歯を磨かなかったら、またお母さんに、トイレで―――― さあ、と血の気が引く。 全身に冷水を浴びせられた思いだった。 『貴方の内に秘められた願望(のぞみ)は今 此処に潰えた 行き場を失いし魂よ 罪に汚れしその肉体を離れ 哀れな願望と共に虚無の彼方へと去るがいい』 「…………………、……、………………………………、」 無表情に、平淡に告げる少女。 それに答えることも出来ず、延々と歯磨きを続けていく、ぼくの腕。 あの黒衣の女の子に出逢って以来、体中に満ち足りていた温かい感覚が、ずるずると引きずり出されていく。
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