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「考えてみれば、実に単純な話だったよ。 重度の知的障害を持つ鬼頭悠生が、あれだけの殺人を犯したにも拘わらず、誰の目にも触れる事はなかった。 何者かの指示、或いは支援を受けていると考えるのが妥当だろう?」
「…………」
「となれば、疑わしきは、鬼頭悠生の身近な人間。 一先ず、最も関連の深い母親(キミ)に目を付けたのだが。 くく、見事にボクの見立て通りだったというワケだ」
口元を歪め、昌枝を見据える。
一歩、また一歩と。
まるで、徐々に獲物を追い詰めるように、悠生の母へ歩み寄っていく。
歩を進める度、廊下がぎしぎしと軋んだ。
「アイツにどんな願望(のぞみ)を叶えて貰ったのかは知らないがね。 まあ、息子を虐待してまで“教育”しようとしていたキミの事だ。 自分の教えを息子が理解し、変わることでも望んだのだろう?」
目を見開く昌枝。
それは、無言の肯定に他ならなかった。
彼女の憶測と推理が、正しい事を物語っていた。
――――そう。
鬼頭昌枝は、何度言い聞かせても物事を理解せず、周囲から中傷を受け続ける、知的障害の息子の存在に嫌気が差していた。
家庭を一人で支えるにも限界がある。
極度の疲労とストレスによりノイローゼとなり、虐待を繰り返していた彼女は、自身の教えに従う、息子の存在を望んだ。
そして悠生もまた、母に怒られまいと。
もう二度と恐ろしい仕打ちを受けまいと、“歯磨き”という行為自体を望んだ。
正気を失いつつあった母の狂気と、また元々備えていた、他人の役に立ちたいと願う息子の望み。
それらが複雑に絡み合い、彼等の本質の願望(のぞみ)と混ざり合った結果。
歪なカタチで叶えられた願いは、二人の親子を“狂行”へと駆り立てたのだった。
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