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噎せ返るような、生臭い鉄の匂い。
あれ、なんだっけ、これ。
何時だったか、というか俺の仕事上、結構嗅ぎ慣れた香りのような。
そこまで思い至るのと同時。
唐突に、夜空を覆い隠していた雲が途切れ、綺麗な月が顔を出した。
熱々のコーヒーを口に含みながら、そう言えば今日は満月だったなぁ、なんて感想を抱きつつ。
俺は、先ほどの人影に視線を戻した。
月明かりに照らし出された、車道。
アスファルトの上に倒れる人影は、水たまりの中にいた。
真っ赤な真っ赤な――――血だまりの中に。
その全身を、自らの血液で染めて。
「……あー」
死体っぽい。
死体らしき物体発見。
というか、死体ですね、はい。
頭を掻きながら苦笑する。
死体を見慣れてるってのもあるが……やはり、我ながら相変わらず、随分と冷めたリアクションだ。
だって、仕方ない。
如何なる事態が起ころうとも“それ”を受け入れてしまう。
その本質は、実の妹にあの様な事をされても尚、こうして変わる事はないのだから。
よって、刑事モノのドラマみたく、甲高い叫び声を上げたりなど、間違ってもしない(むしろ、人間は唐突に死体を前にしたりすると、逆に声が出なくなるらしいが)。
ともあれ、まあ、一般的な反応じゃないだろう。
少なくとも、顔色一つ変えないどころか、死体眺めながらコーヒー飲んでる時点で、世間一般から見れば相当ズレていると思う。
…それを頭で理解していながらも、結局変えようとしない自分が、ここにいるわけだが。
「フツーの事件かも知れないけど、とりあえずは報告かねぇ」
無論、警察にではない。
うちの上司に、だ。
この場で通報なんかすれば、第一発見者として事情聴取とかされそうだし。
何より、早いところあのガキに顔を見せてやらないと、例のごとく“中華の刑”にされかねない。
俺は血だまりを踏まないよう注意しながら、死体の転がるT字路を後にした。
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