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「自分の都合で我が儘を言うんじゃない。ガキじゃあるまいし」
千の背後から顔を覗かせたのは、紺色の上品な浴衣に身を包んだ高嶺玲だった。
玲も、私と千と同じ保育園からの幼馴染み。三人の中でも一番に頭の良かった玲は、大学生の時に学生起業家として自らの会社を立ち上げた若き社長だ。
「なんだよ、お前も来たのかよ」
「当たり前だろう。約束しているんだから」
玲の姿を確認して、千が不機嫌そうに唇を尖らせる。
相変わらずの犬猿状態で思わず苦笑してしまったが、そんなやり取りも今では見慣れた光景で、もはや微笑ましい。
「いらっしゃい、玲」
千も長身だが、玲も同じ位スラリと高い。オフォスワークが多いらしい玲は、身体が鈍らないようにってジムに通っているようで、千ほど筋肉質ではないけれど、その引き締まったしなやかな体躯に浴衣が良く似合っていた。
「二人共ごめんね。直ぐに片付けるから上がって待っててくれる?」
いつもは静かな参道沿いも、今日ばかりは祭りのおかげで賑わっている。それに伴って店もいつもの数倍も忙しくて。普段は十七時には暖簾を下げるのだけど、今日は一時間もオーバーしてしまい、気付けば約束の十八時を過ぎてしまったようだ。
「慌てなくていい。手伝うよ」
そう言って、玲が外の暖簾を下げてくれた。
いつもは接客を担当するパートの女性が二人いて、彼女達が帰る時に暖簾を下げてくれるのだけど、今日はなかなかお客様が引かなくて、二人には先に上がってもらっていた。
「俺だって手伝うっての!ほら、ミヤは今の内に着替えて来いよ」
私が運ぼうとしていた木製の重い蒸し器を、千が軽々と持ち上げ棚へ片付けてゆく。
「二人ともありがとう」
「気にするな。千の言う通り、雅も早く準備をしておいで」
勝手知ったる何とやらで、二人共私が何も教えなくてもテキパキと店の片付けを済ませてくれた。
「それじゃあ…お言葉に甘えて」
私は二人に片付けを任せ、店から繋がる奥の住居へ向かった。
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