第一章

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   ◆   「ねぇ、渓大丈夫? さっきから元気ないみたいだけど……」  少し憂いを帯びた玲奈の瞳が、渓の心を射抜く。 「あっ、いや……なんでもないんだ。てか、どうして二人きりになってるんだ?」  問い掛けは、玲奈に届く事なくふわふわと消えていく。  峡谷大学の学園祭に来たのはいいのだが、玲奈と二人きりになっているのも、右頬が痛むのも渓の疑問である。  どうして、今こうなっているのだろうかと渓は、一人思い起こしていた―― 「えっと、佐伯、早くないか?」  早朝ともとれる朝7時30分を少し回った頃、渓の家のインターホンが鳴り響いた。そして、来訪者に応対した渓から出てきた言葉である。 「そないささいなこと、気にしたらあかん」  文句ともとれる渓の言葉はどこふく風で、黒のシンプルな服装の佐伯の耳に響き渡ることはない。 「それに、六条さんまで……」  六条美野里(ロクジョウ・ミノリ)は、佐伯とペアでいることが、まったく考えつかないような人種である。  それすなわち、漆黒の黒髪はショートカットで、きりっとした眉に、吸い込まれそうな黒い瞳の美貌の少女である。落ち着いた白のワンピースに、グレーの七分丈のパンツを履いている。 長身の佐伯と並んで立つと素晴らしく絵になるところより、女子の中では身長は高いほうであろう。  そして、何故絵になる程に背格好だけならお似合いなのに、佐伯とのペアが考えつかないかというと、まず雰囲気であろう。  佐伯は、誰とも親しめそうな軽薄な雰囲気に人懐っこい笑顔が似合う人間である。一方、六条は他人とは一線を画すものがあった。まさしく、学級代表や、生徒会長といった感じなのである。  事実、六条美野里は常盤高校にて生徒会に所属しており、次期生徒会長候補として注目を浴びている。 「あっ、いや、まぁ……ほら、そこでばったり会ったから、誘ってんや」  渓の疑問には、佐伯が慌てて答えた。しどろもどろであり、目線はまったく落ち着きがなく、何かを隠しているといったのが、誰からの目にも明らかだった。  だが、あえてつっこまずに、流すことに決めたらしい渓は、 「まぁ、何でも良いけど、玲奈起こさなきゃ」  4時過ぎから目覚め、シャワーまで浴びたため、準備万端な渓は玲奈を起こそうと、隣の家へと目を向けた。  そこには、何故か頭から湯気をだし、拳を握りしめて立つ玲奈がいた。
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