第一章

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  「玲奈! 一体こんな朝からいきなり何すんだよ?」  玲奈の八つ当たりかもしれない、と一瞬危惧した渓は叫ぶ以外の選択肢を持っていなかった。 「自分の胸に手をあてて、目を閉じて、よく考えればわかる!」  聞いたのに怒鳴り返されるなんて、とこの世のルールを垣間見てしまった、と思い込んだ渓は、まるっきり言葉通りに、目を閉じて、胸に右手をあて、考えてみることにした。  怒っている人間を目の前に、する行動ではないのに。  殴られ吹き飛ぶ姿が一名、佐伯達の眼前に展開されることになったのは言うまでもない―― 「何か、考え事?」 「あぁ、いや。今朝の八つ当たりを思い出して……」 (何であんなの、されたのだろ? それを考えている間に佐伯達とはぐれちゃったんだ……)  隣にいる、グレーのロングキャミソールに、その上からベージュのカーディガンを羽織り、歩くたびにぴょこぴょこはねるポニーテールを見ながら渓は考えていた。 「で、何で?」 「えっ、何が?」 「きょうのおはようもなしのやつあたり」  見事なまでの棒読みの台詞(セリフ)が、玲奈へと突き刺さる。 「ほら、ね。あれよ、あれ!」 「あれ?」  ジトーッとした目が、何故かを説明するよう、訴えかける。 「え、えーっと……」 「…………」 「ほら! 美野里がいたじゃない? だから……」 「だから?」 「……だから、渓が私と学園祭に行かないで、美野里と一緒に行くのかと思ったの!!」  早口言葉のように、素早く言い終える。  玲奈のその顔は、茹でダコのように真っ赤に染まっていた。 「……は? あの玲奈さん? あそこには、佐伯もいたよね?」 「えっと……佐伯君なんて眼中になくて……」 「…………」  峡谷大学の中を歩く二人は、真っ赤になったまま、どちらも言葉を発することができなくなってしまった。  が、その痛い沈黙を引きずるわけにもいかないため、意を決した渓は、 「玲奈。もう行こうか?」 「そ、そうね!」  必要以上な玲奈の大声が、辺りの視線を集めるのは、充分だった。  その中に、渓をずっと見つめていた一対の瞳があることを、渓は気付かない――
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