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久司もまた、眼鏡の下の目を大きく見開いて恭壱朗を見つめ、こう言った。
「餘部、君が今回の件の意味を解っているかどうかは私からは敢えて問わない。ただ確かなのは、摂西電気鉄道のレールが敷かれてちょうど百年目にして、その存亡が問われているという事だ。」
それを聞いた恭壱朗は黙りこんだ。そして再び不安げな表情をした。
久司は一つ咳ばらいをすると、続けてこう言った。
「ヘーゲルの書に、『ミネルバの梟は迫り来る夕闇とともに初めて飛び始める』という一節がある。前にも言ったと思うが『ミネルバの梟』とは彼が各民族の本質の例えとして使った言葉だ。」
「久司さん、もしやウチは今頃になってようやく自社の『本質』に気付きおったとかいう事ですか?」
磯原が思わず口を挟んだ。
「そうだ。我が社の『梟』は既に飛び去った。我々が喧騒に囚われている間にな。」
久司はそういうと、ゆっくりと椅子から立ち上がり、応接室から出ようとした。磯原と蓮子も彼に続くべく椅子から立ち上がった。
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