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ネヴラスカはコーランを一目見ようと下へ降りていった。彼が通る裏道で彼女は待った。彼は祝宴には加わらずに真っすぐ家へ帰るだろう。いつもそうなのだ。華美な催しを好かず、屋敷で静かに過ごすことを何より好む。
「コーラン……」
深い瞑想に耽りながら家路についたコーランは視線の端に鮮やかな薄絹が掠めたことに気付いて振り向いた。赤と紫の重ねは高貴な女性、皇族のみに許される色合い。
「これは……大変失礼致しました。ネヴラスカ皇女殿下、何故このような所へ」
彼は慌てて礼儀正しく頭を垂れ、彼女が体の周りに垂らされた薄絹の中から手を差し出すと恭しく口付けする。彼女はその温かさに震えた。
「あなたが無事に帰って来られて安心した。ブラキオス人達には胸が詰まる思いで。あなたが心配で少し抜け出してきたの」
コーランは彼女の言葉に悲壮な目をして空を仰いだ。彼が目尻を擦るのを見たネヴラスカはどぎまぎしてしまった。彼は心を同じくする彼女の言葉に打たれて取り乱した己を心の中で厳しく叱咤しながら何度も会釈して皇女の前を後にする。
ネヴラスカは彼の涙の苦さを思って暗くなりながら、大通りを避け、晒し者通りを歩いた。普段この通りを歩く人は多いのだが、祝日で貴族がほとんど広場に集まっている今は彼女のすることにとって数少ない好機だった。
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