深窓の姫君

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 ネヴラスカが結婚を憂える理由は他にもあった。彼女には何年も、それこそ身も細るほど思いを寄せる男性がいるのである。彼の名はコーラン。ムーナルンド海軍の将軍だ。  ムーナ人の基準を軽々と超えた長身、逞しい身体、黒々とした髪にはネヴラスカと同じくこめかみ辺りに一筋銀髪が混じっている。真摯で精悍な顔立ちは彼の剛健実直な性格を表し、歳は三十。家柄も、嫡出児ではないにしろ、代々大臣を輩出する大貴族の血を引いている。歳にしても結婚相手として適任だが、彼は皇帝と折り合いが悪く、皇帝は彼が優れた軍人であるから利用しているに過ぎない。  コーランは彼女にとって異質な存在だった。上部に服従し、媚びることさえ美徳とされるどろどろした宮廷の中において、父ラーマに異議を申し挟んだのは彼だけだ。腐敗した官僚達を恐れ知らずに告発するのは彼だけだ。その孤高の実直さ、正直さにネヴラスカは恋し、愛している。彼の美しさは姿形ではない。潔い軍人仕込みの公明正大な精神である。  彼を想うたび、彼の姿や清廉な生き様を見るたび、ネヴラスカはざわめく心に苦しんだ。辛く悲しいのにどうしようもなく胸の内は甘美な疼きで満たされ、時に刃を刺されたかのよう。彼を見つめる彼女の瞳ははたから見ると心の内が全てさらけ出されていることだろう。
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