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しかし、違う。
男は狂人でもなければ、とち狂っているわけでもない。
通じ難いとは思うのだが、男の笑みは狂気ではなく、歓喜によって彩られている。
猟奇的でも、快楽的でもない。純粋な喜び。例えるならば大好きなスポーツに熱中するような、そんな感じだ。
「あんた……何なんだよ……」
勿論、男は俺の問いには答えてくれやしない。
男はまたも意味深な笑みを向けてくるだけ。
疑問は募るだけ募って、山となるだけだ。
それは例えば、いつの間に俺はあの【非常用出口】の中にいたはずなのに目を覚ましたら中庭に移動していたのか。
時間帯は確かに夜だったはずなのに、今はこうして燦然と輝く太陽に照らされているのかとか。
そして目を覚ました俺に何の前振りもなく襲い掛かってきたこの男は誰なのか。
そして、何よりも。
こんな状況なのに、胸に熱い何かを感じている自分自身が分からなかった。
「さぁ……! 少年の力を私に見せてみろ!」
高らかに叫ぶ男が初めて攻撃パターンを変えた。
体勢を低く沈め、腰を捻り、遠心力を加えて、薙ぎ払うような振るわれたそれに対し、俺の反応は完璧に遅れてしまった。
「かはっ……!」
肺から無理矢理空気を吐き出されるような感覚。
重質量を誇るランスが吸い込まれるように横っ腹にめり込み、それでも有り余る余力で俺は地面を転がされる。
――しまっ……。
と思う暇もなく、体の軋みに耐えすぐに立ち上がろうとした俺に飛びかかる一つの影。
逆光で暗くなる人影のシルエット。
しかし、黒光りするその尖端が何よりも俺の視線を捉えて離さない。
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