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少年は薄暗い坂道を一心不乱に駆け上がっていた。
恐怖に満ちた表情で後ろを振り向くが後方にはうっすらと闇がわだかまるのみ。
壁や天井がどういう仕組みか、僅かながら発光しているらしく、洞窟内は常夜灯程度の明るさに満ちている。
―そう
洞窟である。
年の頃は中学生位だろうか。
整った顔立ちをした、線の細い、見る人に大人しそうな印象を与える少年だった。
この明るさの中でもかろうじて左目の下の泣き黒子が見て取れる。
その端正な顔立ちは、今や恐怖に犯され見る影もない。
ふと―
少年の視界の隅で何かが動いた。
一つではない。
岩壁に穿たれたそこかしこの穴から、もぞもぞと這い出して来る者達。あるいは岩陰からヨロヨロと歩いて来る者達。
少年の考えが正しければ、そこにいて当然の者達だった。
そして…
そいつらを突き動かしている衝動も知っていた。
すなわち―
生者へのあきらかな殺意。
少年の足が止まった。
恐怖に飲まれ後退りしそうになる。
しかし…
―あいつが追ってきているかもしれない…
そう思うと引き返す事も出来ない。
目の前の、常識を覆す連中よりも恐ろしい者。
それから彼は逃げていたのだ。
しかし最早その道も断たれた。少年が向かっていた方向には、ぞろぞろと蠢く影、かげ、カゲ…
その光景に少年はがっくりと膝をついた。
既にパニック状態に陥る寸前だった。
むしろここまで正気を保てたのがおかしかった。
力無く笑ったその時―
…チカラガ…ホシイカ?
自分の内の闇から聞こえてきた声に驚いた。
正気を保っていたつもりだったが、既に狂気に陥っていたのだろうか?
…チカラヲノゾムノカ?
再度…内から声がした。
内から?
その声は回線越しの声の様にくぐもっている。
既に蠢く影達は10数メートルの所まで迫っていた。
狂気の産物だろうが何だろうが、今はこの声にすがるしかなかった。
少年はこくりと頷く。
このままでもなぶり殺しになるだけ。ならば狂気に飲まれるのも悪くないかもしれない。
そんな思いからだった。
―よかろう…
笑みを含んだような、先程よりはっきりとした内からの声が聞こえた直後、少年は狂喜じみた笑い声をあげていた。
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