桜花―― 別れの春

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  特急列車が、物哀しい音と共に入構した。 肝心な話には触れられず、ただぼんやりと過ごした時間がもどかしい。 「……そろそろ、行かな」 名残惜し気につぶやく傀藤。 『逃げてるだけなんじゃねぇ  のか?』 その声が、流風に再び小岩井の言葉を思い出させた。 「傀藤くんっ、あたし――」 気もちを打ち明けるなら、今しかない。 「あたし、傀藤くんのこと――」 ありったけの勇気を躰中から絞り出そうとする流風を、傀藤は緩く制した。 「これ、やるわ」 右手からはずした時計を差し出し微笑む傀藤に、流風は一瞬にして勇気を挫かれる。 「おまえ、知っとるか?  日本とロサンゼルスって、  時差が17時間もあんねんで」 利き腕とは逆――流風の右手に時計を巻きながら、傀藤は訥々と話し始めた。 「地図帳、あれはあかんな。  平面で見たらめっちゃ近くに  感じるやん? けど……  17時間…… 遠いよな……」 「……うん……」 「この時計、向こうの時間に  合わせてんねん。 今、ロスは  昨日の夜11時半……  まだ、昨日やねんて。  なんか、笑てまうな」 「……うん…………」 返事とは裏腹に、流風はうまく笑えなかった。 それどころか、泣きそうになってしまう。 これからのふたりに生じる距離を、心の距離として認識しろ、と……そう、云われている気がして。  
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