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「思ったこと、口にしてくれて
いいよ? 女が監督だ、なんて
聴いたら、文句のひとつや
ふたつ、云いたくなるよね」
大学時代は、野球部のマネージャーとして別の青春を謳歌した流風。
だが、だからと云って、高校時代や、それ以前にぶつけられた偏見を忘れた訳ではない。
女に野球は無理――
その延長にある言葉も判っている。
女に高校野球の監督は無理――
どうがんばってみても、女である自分が、男である彼らの気もちを理解する事はできない。
だからこそ、本音を聴きたいと流風は思っていた。
「――別に」
だが、バットを投げた少年は、ひと言素っ気ない返事を吐き出しただけ――
結局、謝罪もせずに歩き去ってしまった。
少なからず、女性監督の存在に動揺を滲ませていたほかの部員たちも、すぐにその背中を追う。
遮るフェンスの向こうからは、春馨る風が流れて来るのに……
彼らとの間に立ちはだかる壁は相当厚く、そして高い。
だが、判っていた事だ。
それを承知で、その壁を昇りたくて自分はここへ来たのだ。
流風は肩で息を吐き、前髪をかき上げる。
そして、再びトンボを手に馴染ませ、グラウンド整備の続きに没頭した。
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