第一章 私は人形、生きてる人形 - 12歳

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目を閉じて、耳をふさいで、雨上がりの田んぼの中にひとり、たった独り私は立ってる。そっと目をあけて、耳をすます。カエルの騒がしい声も、虫の弱々しい泣き音も、今の私にはとても心地いい。とても…心強い。 空を見上げると、雲の間からやわらかい日の光りうけて、私に言ってるよう。あなたは、生きてる。っていってくれているようで…。この静けさも、雨の匂いも、草の香りも私は好き。今の現実を忘れる事が出来るから。全部、全部消え去ってくれるみたいで…。 一時間はたっただろうか…。そろそろ現実に戻る時間。 人形にかえる時間。 父の鈍く重い声、母のとげのある黒ずんだ声で、私は一瞬のうちに人形に戻された。 今から、食事に出かけるようだ。 これを着なさい。これを持ちなさい。これを履きなさい。これをこれをこれを…。言う通りにするだけ。何も考えず、何も言わない、目を閉じて、耳をふさぐ。 たったそれだけ。 それだけで、父や母のお気に入りの人形になれる。 家の外に出ると、少しだけ、ほんの少しだけ人形から人間に、戻る。 前から見物人が声をかける。言われた通り、スイッチをおして録音されたのまま…。「いつも綺麗ね、彩香ちゃん。」見学者が声をかけてくる。私:(会釈、微笑みながら、こんにちはと言う)父と母が、小太りの中年女性と、話をしている。人形の自慢話。私:(ずっと微笑む)自慢話が終わったようだ。私:(会釈してさようならと言って微笑む) また、次の見学人。そのあとも、そのあとも、同じ事を繰り返す。カセットテープを巻き戻して、なんども繰り返す。 カセットテープを使いすぎて、すりきれて、テープがのびて、人形が故障をおこす。家に持ち帰られ、こっぴどく怒鳴りつけられる。殴られ、叩きつけられる、人形を修理する、父と母…。 目を盗み、裸足で田んぼまで走る。少しだけ、一瞬だけ、人形から人間に戻るために…。目を閉じて、耳をふさいでたった独りで…。image=219927423.jpg
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