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背中を向けているので、表情も、仕草も、全て伺い知ることは出来ない。
ただ、ゆっくりと、しかしはっきりと一言一言に思いを込めて。
そんな彼女の努力くらいは俺だって分かる。
「私、もっと私のことを蛍さんに知って貰おうって」
小さな彼女の決意。
多分、そんなものが言葉にしていない部分からにじみ出る。
彼女の思いが、一切の物理現象を介さず、溢れ出る。
「……俺は本当にろくな人間じゃねぇぞ。昨日でそれくらい分かっているだろ」
「良いんです。……あのくらい、たいしたことありません。蛍さんには……もっと、もっとずっとたくさんの恩がありますから」
今にも消えそうなろうそくの火の様に、頼りなく震える声。
か細く、ゆらゆらと揺らめく陽炎の様な、小さな。
しかし、その火は暗闇の中、はっきりと辺りを照らす。
か細くても、頼りなくても、はっきりとその姿は見るものに伝わる。
距離なんて関係無い。
小さくても、しっかりと自分を示すその光。
「だから、私は蛍さんに私のことを知って貰って、真剣に考えて貰って、それでも私のことが嫌なら、私は素直に身を引くつもりです」
それが彼女の覚悟。
そうらしい。
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