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――シュル…
楓の女物の着物の裾が微かな音をたてる。
「父上。楓,只今参りました」
凛とした声が,広間に響いた。
一度頭を垂れ,顔を上げると,長男である一明が,悲しげに目を伏せていた。
「そなたに,縁談の話が出ておるのだ」
「慎んで,お受けいたします」
楓の言葉に,一明ばかりでは無く,猛火までもが,呻いた。
「お前を差し出す代わりに,同盟を相手が結ぶ,という話だ」
一明が,やっと楓の顔を見て,口を開いた。
「何処の,殿方なのでしょうか」
楓は,気になり尋ねた。
父,一志と,兄である一明,猛火は顔を見合わせた。
静かに控えている家臣達までもが,隣の者とざわついている。
「お前の嫁ぎ先,それは……」
一志が,言葉を切る。
「水瀬家次期当主,水瀬忠行のもとだ」
猛火が,父の言葉の最後を引き受けた。
「―――――――――」
楓の脳裏には,数日前に出逢った,あの水瀬忠行の姿が思い浮かんだ。
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