夢幻の如し

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1579年…竹中半兵衞は播摩陣中にて没した。 それから3年。 羽柴筑前守秀吉は自らの片腕…竹中半兵衞を失いながらも黒田官兵衞らの支えにより播摩は勿論の事、毛利に対して攻勢に出ていた。 1582年6月13日。 秀吉は毛利家の勇将、清水宗治が守る備中高松城を攻めていた。 その秀吉の陣中に1人の青年が訪ねてきた。 警護兵はなかなかその青年を秀吉に会わせなかったが青年の必死の嘆願でついに会う事が出来た。 「お主……。」 目通りを許された青年を見て秀吉は涙ぐんだ。 そこには亡き半兵衞の嫡子、竹中重秀が居たのだから。 「秀吉様…。 竹中三郎兵衞重秀でございます。」 「ようきた…よう来たぞ重秀。」 秀吉は真っ先に重秀に寄った。 6月13日に竹中重秀…。 秀吉は半兵衞の事を思い出す。 今日…この日の3年前に竹中半兵衞は播摩の地で死んだのだ…と。
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