飯降山

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飯降山

 その日は雨が降っていた。猟に出ることもできずに、ひたすら部屋で縄を結う。屋根から落ちる水滴の音が空しく響いている。  今日は人も獣の気配もない。無論、こんな山中、周囲には民家など無いのだが。そのせいもあり、元より訪れる人など殆ど居ない。時折見かける者といえば、荒行に向かう修験者位だろうか。  昼過ぎだった。戸口の外に気配を感じた。獣のそれとは違っていた。雨はまだ激しく降っている。 「……ごめんください。」 若い女の声だった。土間に下り、戸を開ける。そこには、幼さが残る尼、年頃の尼、初老の尼が雨に打たれて立っていた。皆、柔和な面持ちだった。 「雨が酷い故に、一時の間、間を借りても宜しいでしょうか?」 先ほどの声は年頃の尼さんのものだったようだ。 「どうぞ、ご自由になさって下さい。」 私はそう答え、また縄を結うことにした。  いつ以来だろうか、久しぶりの来客と他愛もない話を交わした。三人とも優しい、落ち着いた声だった。縄作りの片手間で話をしていたのでよく覚えていないが、どうやらこの深い山で修行をするために来たらしい。男でも音を上げるこの山の修行、私はこの女僧達を心配に思い、三つの握り飯を手渡してやった。 「ありがとうございます。」 三人はそういうと、その御握りを受け取って私に手を合わせた。  三日後、尼さん達が修行をしている様子を目撃した。生臭を食べられないその身分故、山の生活は困難なのだろう。私がいつも取っていた場所の栗もすっかりなくなっていた。尼さん達が持っていったらしい。少し残念に思ったものの、行を達成してもらいたいと心から思った。  その十日後、また尼さん達の姿を見た。顔には疲労がまじまじと見受けられた。心なしか三人の様子もおかしかった。  その三日後、小雪がちらつき始めた。冬の到来により、私は山へと登らなくなってしまった。
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