飯降山

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 その間も、尼達は山で荒行を行っていた。冬の山に食料など見当たらない。食べ物を確保するその作業は至難を極める。  そんなある日のできごとだった。山頂の杉の巨木付近に、厚い雲間から一筋の光が差しているのを幼い尼は目撃した。 「……あれは……?」 他の尼はまだ食料集めから戻っていない。幼い尼はその光の下へと向かった。そこには三つの握り飯が置いてあった。幼い尼はそれを持ち帰った。 「どうしたんですか?これは。」 初老の尼に尋ねられ、幼い尼はこのいきさつを説明した。 「そんな筈がない、あの猟師が置いてくれたんだろう。」 年頃の尼がそう言ったため、二人は言い争いとなってしまった。 「まあまあ、これはきっと、荒行を行うわれわれに御仏がくださったのですよ。祈りをささげ、ありがたく戴くことにしましょう。」 初老の尼はそういってなだめ、二人はこれに同意した。三人は手を合わせ、杉の木の方向を向き目をつむった。  経の声が響く。経と風の音以外は聞こえなかった。その中で、老尼は疑念を抱いてしまった。 「天から握り飯が降ってくることなどありえない。これはあの猟師が置いていったものだ。」 幼い尼が一心不乱に祈りをささげるその横で、老尼は読経に集中出来ずにいた。その場は矛を納めた年頃の尼も同じことを考えていた。 「このような理由をつけられては、次回、猟師が持ってきた時、この幼い尼が全ての握り飯を食べてしまうかもしれない。」 時は冬。食べ物も少なく、三人は極限状態に置かれていた。 「幼い尼が居なくなれば、食べられる分が増えるのではないか?」 二人の尼がそう考えたのはほぼ同時だった。普段なら思いもしないだろう。しかし、深い山、わずかな食べ物しかない尼達にはそれが普通のことに思えた。  相変わらず熱心に読経を続ける幼い尼。祈りを中断し目を開いた二人は目を合わせ、そのまま幼い尼を持ち上げると深い深い谷へと突き落とした。二人は幼い尼の握り飯を分け合った。辺りは静かだった。
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