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暗い空間──どこかの部屋だろうか?
その石造りの立方体の中に明かりはなく、二つの声だけが反響している。
「お前さえいなければ……」
「こんなことが許されると思うのか!」
言い争う二人──声質から恐らく両方男、さらに付け加えるなら若い声だ。
片方の男は不自然な姿勢で、部屋の真ん中に立っている。
いや、立たされている。
その諸手は両に広げられ、さながら巨大な十字架のようだ。
「……お前さえいなければ」
自由な方の男は、呪うように、か細くも印象的な声で相手の存在を否定する言葉を吐く。
その右腕には黒い光が集束し、力の奔流は形を成し、球体となり放たれる。
それは、身動きがとれない男の頭部に高速で激突、男は弾き飛ばされ地をごろごろと転がっていく。
男は気絶してしまったようだ。
「お前さえいなければ、お前さえいなければ、お前さえいなければ……」
男の目はもはや正気ではない。
この瞳の色に名前を付けろといわれたら、迷わず『憎悪』と命名するだろう。
再び男に黒い光が宿る。
先程までとは比較にならないほどの禍々しさ──それは全身を包んでいく。
その時、激しい音と共に勢いよく扉が開き、二つの影が飛び込んできた。
扉から差し込む光が部屋を少しだけ明るくする。
「――様!!」
その影達は、地に伏せている男を守るように陣取った。
「貴様! 気でも狂ったか!?」
男を糾弾する大柄な影。
男はそれを気に留める様子もなく、ふわりと右手を掲げた。
そこから放たれた幾つもの黒球!
間に入った二人は防御魔法を展開するが、耐えられたのも最初の数発……残りは全て二人に直撃した。
悲鳴を上げながら二人は吹き飛ばされ、床に転がっているのは三人になった。
「よかったな……供ができたぞ。やはり独りでは寂しいだろう?」
そう独りごちた男は詠唱を始める。
全身から放たれる粘性を持った空気が空間を侵蝕し、次第に宙に浮く三人の体。
それを半透明の球体が閉じ込める。
さらには空間が歪み、その歪みの中に、三人を孕んだ球体は徐々に飲み込まれていく。
暫くすると球体は完全に歪みに飲まれ、三人がその場にいたという痕跡さえも消え去ってしまった。
そこに訪れたのは無音の世界。
「そう、お前さえいなければ……」
その場に一人だけになった男は、扉から続く光の線を煩わしそうに払いながら、またもそう呟いた。
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