217人が本棚に入れています
本棚に追加
「ミヨー!」
薄曇りのパリ。シャンゼリゼ大通りにレンの声が響く。
「レンちゃん、ごめん!」
黒い小さなメイクボックスをガチャガチャ鳴らしながら、カフェ〝フーケッツ〟の赤テントの前を少女が駆け抜けていった。
三夜子だ――。
カーキのミリタリーコートが激しく揺れる。黒タイツの脚を大きく踏み出し、黒革の編みあげブーツにかかる黒とグレーの混毛レッグウォーマーの裾が動きにたえかねて、いまにも靴から出てきそうだ。
走ったせいでチョコレート色の髪は額を丸出しにし、毛先は絡まったまま。荒い息を弾ませて、すらっとしたレンの前で立ち止まった。
「おそい!」レンは顔をしかめた。
アイボリーのレザージャケットはフランスに着いたその日に購入したもの。白いパンツとキャメル色のブーツ、首には真っ白なマフラーを巻いて、寒々としたパリの空の下でも清楚な雰囲気がただよう。彼女はここへ来て、髪色を少しだけ明るくした。そのせいで、薄日でもレンのきつい顔立ちが柔らかくみえた。
最初のコメントを投稿しよう!