-君ニ狂ウ-

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「……静かに。誰か来た」 人差し指を兎輪の唇に寄せ、言葉を止める。 鋭い視線で扉を睨む王を不審に思いながらも、兎輪は頷いて返事をする。 何故、人が来たことが分かるのかと考えていると呼び鈴が響いた。 久しぶりに聞いた王の声外の音に、兎輪は背筋を伸ばして視線を泳がせた。 ふと目の合った部屋の時計を見ると、午前九時。 この部屋に半日以上居たことに兎輪は驚く。 恐怖と混乱は時間を忘れさせた。 「兎輪、いい子だから静かに待っているんだ」 一度手を握り、兎輪の足に着いた鎖を撫でて赤く擦れた足首に唇を落とす。 終始笑顔で兎輪に触る王の様子は、幸せで満たされているようだった。 「……誰か、お客さん来たの?」 幾重にもされた南京錠を、一つずつ外す王に声をかける。 「大丈夫。 兎輪は安心してここに居ればいいから。 邪魔な奴は俺が全部消してあげる」 「……消す?」 兎輪が理解出来ずに、王の言葉を返す。 同時に扉を閉ざしていた最後の南京錠が外れた。 落ちた鉄の鍵は重い音をたてて、床に沈む。 少し開いた扉に感じたのは解放感ではなく、これから起こるであろう惨劇に対する恐怖だ。 「……っ! 王、駄目!行かないで!」 手を伸ばし、体を出来る限り王に近付ける。 しかし、その願いは冷たい鎖によって制限をされた。 「兎輪、愛してるよ」 目を細め、まるで宝石箱を閉めるようにゆっくりと扉を閉める王。 「いやっ!止めて!!」 叫ぶように声をかけても無駄な事はわかっていた。 小さな檻の中でもがきながら、遠くなった王を掴もうと何度も手を握る。 兎輪に求められれば何でもしてくれた王。 しかし、今の彼には届かない。 徐々に閉じてゆく扉が、まるで怪物の口のようにも見えた。 懐に《凶器》を隠し、《狂気》を露にして客人を迎える彼。 一番近くにいたはずなのに、彼女の声は彼には届かなかった。 、
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