658人が本棚に入れています
本棚に追加
兎輪をベッドに投げ、王は片手に持っていた皿を机の上に置いて兎輪と向かい合うようにベッドに腰をかける。
静まり返る部屋の中にスプリングの音が五月蝿く聞こえた。
怒っているのか分からなかったが、王の視線は床に向いたままだった。
王の手を握り、俯く王の様子を伺う。
逆上して外にいる二人に危害を加えさせないため万一の事に備える。
力を込めて王の手を握ると、王は顔を上げて兎輪と視線を交えた。
不安と緊張からか目には自然と力がこもった。
「兎輪……どうして?」
緊張の糸が解けたように王は兎輪に抱きつき、兎輪の名前を呼ぶ。
強く抱き絞められ、上手く声が出せずに兎輪は王の背中に手を回してなだめる。
「兎輪……愛してる、愛してる、愛してる」
(私が王を愛せたら、王は幸せ?私は幸せ?)
呪文のように言われる「愛してる」に疑問を浮かべるが、声は出せなかった。
一言も声を出さない兎輪を疑問に思い、王はいったん身体を離す。
兎輪の両頬を手で包み、視線を逸らせないようにする。
「兎輪?」
「……っ」
声が出せずに、空気だけが喉を通り口の中が乾いた。
「声が……出ないのか?」
(どうして、出ないの?)
声を出す感覚はたしかに覚えているのだが、声を出そうとすればするほどに胸は苦しくなった。
「無理しなくていい。
きっと喉が渇いて一時的に出ないだけだ。
あとで水を持ってくるから……俺の話しを少し聞いてくれないか?」
兎輪が握っていた王の手は微かに震えている。
小さく頷いて王の言葉に耳を傾けた。
「俺は…兎輪が好きだ。
産まれてから、ずっと。
それはこれからも変わらない。
兎輪と俺がどんなに成長しても、俺は兎輪を愛してる。
でも……」
憂いを帯びた王の瞳に身体が揺れる。
産まれてから自分を想っていた事に驚きは感じられなかった。
心のどこかで知っていた感覚だ。
「……」
出ない声にもどかしさを感じながら、王の視線を捕らえる。
「――兎輪……俺は何を間違えた?」
さめざめと綺麗に泣く人。
愛しさが溢れ出す。
兎輪は力の限り王を抱きしめる。
歪んだ愛情に一番狂わされていたのは彼自身だった。
憐れで愛しい狂った人。
「――…………っ」
愛の伝え方を知らない獣は求めていた温もりの中で鳴く。
しかし、愛しさを知った兎はその愛を伝えられなかった。
、
最初のコメントを投稿しよう!