縄

はじまりのおわり

それから一日、ピアスを眺めて過ごした。
夕方、アケミから携帯に電話とメールが二回ずつ来たけど、そのままほっておいた。
どうせ、ピアスの話に決まってる。
アケミは、会社でこの『しうち』について、ふれてまわるに違いない。
明日の今頃には、会社の女の子の間でオレは『イジワルなサイテー野郎』になってる事だろう。
…知ったことか。
自分でも不思議なくらい、アケミの事はふっきれていた。
『事故起こした直後は、みんな以外と冷静。落ち込むのは、むしろしばらくたってから』ってヤツかもしれないけど…。
それよりも、オレにとって重大な問題があったから。『溜め息』。
自分では気付かなかったけど、今日のアケミのくちぶりでは、溜め息がオレのクセになってるらしい。
…しかも、人が不快に思う程。
いつから、そうなったんだろう？
ハートのピアスを見つめながら考える。…が。
キッカケになるような出来事はいくつか思い浮かぶけど、どれも決め手に欠ける気がする。
もともと、意識してやってた訳じゃないんだから、わからないのが当たり前。
そこで今度は、自分の溜め息を数えてみる事にした。一時間に、五回。
でもこれって、多いの？
普通の人は、何回位なんだろう？比較するものナシじゃあ、判断出来ないに決まってる。
まして、今オレは本当にブルーなんだから、仮に多かったとしても、なにもおかしい事、ないじゃないか！
手詰まり。
冷蔵庫を開けて、缶ビールをとりだし、額に当ててみた。冷たさが、もう少し考えよう、という気にさせてくれた。
そのままピアスの前に座り直し、プルタブを起こした。３分の１程、流し込むと、胃の辺りが熱くなった。…そういえば、朝からナニも食べてなかったっけ。
空きっ腹に、アルコール。普段だったら、絶対にしない。
『このままアル中になったら、カッコ悪いなぁ…』
自分の体を心配する余裕がある事に気付いて、少し安心した。
考え事を再開する。
…明日、同僚に聞いてみようか？
『最近オレ、溜め息多いかな？』
って。でも、『多い』と言われようが『そんな事ない』と言われようが、自分がそれを実感できなけりゃ…。
そんなの、問題の解決にはならない…。
残りのビールを飲み干して、立ち上がる。
…っと！
フラついた。
もともと、酒は強くないのに、空きっ腹で、しかもペースが早いもんだから、すでにほろ酔い。
考え事がしたければ、酒なんか飲まないほうがいいな。