ワタシ

5/14
前へ
/149ページ
次へ
その声の調子は、まるで仕事帰りの娘を迎え入れるかの様だった。 「直ぐにお風呂の用意をしますね。」 ワタシはまるで自分の男に言う様に、伊原に声をかけた。 伊原はそんなワタシに 「バタバタするな。座って一服しぃや。」 と、画面の中のアクション映画を見ていた。 「腹は減ってないか?」 伊原はいつものセリフをワタシに言う。 「ハイ、大丈夫です。仕事の前に食べました。」 ワタシは、父に答える娘の様に返事をする。 ワタシは伊原とする、こんな会話も大好きだ。 ワタシは伊原にコーヒーを入れる。 他の男には、こんな事はしない。 ワタシの伊原に対しての、好意の表し方。 精一杯の。 気が付くと伊原は、ワタシの後ろ姿をじっと見ていた。 「どうしたの?」 ワタシの問いに 「何でもない。コーヒー飲んだら、風呂入って寝るか?」 と答えた。 「ハイ。」とワタシは答えて、伊原の前にコーヒーを置いた。 ワタシと伊原は無言でコーヒーをゆっくりと飲む。 コーヒーの一口ごとに、ワタシの心の中の凝りが解けて行く。 伊原はコーヒーに口を付けながら、ワタシの様子を静かに見ていた。
/149ページ

最初のコメントを投稿しよう!

189人が本棚に入れています
本棚に追加