あなた。

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静かな部屋には野菜を切る音が響き、カレーのいい香りが漂う。 パーマがかった長い栗色の髪の女。せっせと夕飯の準備をしている途中だ。歳は20代前半だろうか。慣れない手つきで、それでも懸命に作り続けている。 チクタクと時計の針は休まず動き続け、7時15分を指したとき、1人の男がドアを開けた。 「ただいま」 私はその声に反応した。 あなただ。 あなたが帰ってきた。 「おかえりなさい」 女は駆け寄って、あなたに飛び付いた。 あなたは幸せそうな顔をして、頭を撫でる。 あなたのその昔と変わらない笑顔も いつも抱き締めてくれたその手も その声も 優しさも 全部大好き。 だけど…………お願い。 他の女にしないで。 他の女なんて抱き締めないで。 他の女の頭なんて撫でないで。 他の女と一緒に暮らさないで。 結婚しないで。 私と同じパーマの栗色の髪の毛。 やめて。 触らないで。 見たくない。 だけど見ることしかできない。 泣きたい。 だけど泣けない。 逃げ出したい。 あなたのいないところへ。 だけど逃げられない。 私は、棚の上に飾られているフランス人形。        End.
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