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月の精霊フィリスは、つい、と夜空を見上げた。満ちた月がそこにある。
「今ごろ、モーリアスさまはご自分の役目を果たされているのでしょうね。なのにわたくしは…」
囁いてフィリスは腕を伸ばし、近くに咲いていた山吹色の花を摘むと、顔に近付けてゆっくりと目を閉じた。
瞼裏に浮かんだ銀の美貌に、かすかに眉根が寄せられる。
「自分のわがままで、ここにいる」
呟く声音には罪悪感。
それでも、花の甘い香りが不思議とフィリスの乱れた心を静めてくれた。
モーリアスとは、精霊界に存在する聖月宮(せいげつのみや)の主にして、フィリスにとっては母のような存在でもある、月の女神のことである。夜の女神ともいわれ、美しく穏やかな反面、強く気高い気性を持つ事で有名だ。
フィリスは今、女神モーリアスの目を盗んで人界にいる。
あるひとと逢うために。
逢瀬を重ねるようになって、どれほどの時が経っただろうか。精霊であるフィリスにとって本来時間とはひどく曖昧なもの。それでも彼と出会ってからの時だけは心に色濃く息づいているのが分かる。
満月の夜のみの邂逅。
それには理由があった。
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