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『わたしとあなたが出会ったときのことを憶えているか?……いないだろう。つまり、それだけの時が出会ってから流れたということだ。すべてを理解することが出来なくても、考えていることくらい、だいたい想像がつく。わたしのことも少し考えればわかるだろうに』
最後は、苦笑混じりだった。
すっ、と自然に抱きしめてくれる腕があたたかくて、モーリアスは思わずその腕にしがみつき、声を殺して忍び泣いた。
『もう一度言う。ふたりを信じるんだ。どこに過去が繰り返されるという確証がある?そんなもの、どこを探したってありはしない』
なんと的を射た言葉であったろう。
なんと強く響く、言葉であったろう。
そうだ。自分は今まで何に怯え、震えていた?
また同じ事が起きると、誰が言った?
どこに、そんな――。
くっ、と自嘲にくちびるが歪む。
なんて、わたくしは愚か。
恐れるものなど、始めから何もありはしないというのに。
心に波紋が広がる。それは全身を支配し、モーリアスの心を悲しみの泉から確かに引っ張りあげた。
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